台湾の廃線「羅東森林鐵路」の竹林駅をお見せするちょっとマニアックな記事

台湾観光

こんにちは、友達に台湾語で会話されると疎外感を感じるふぐです。

この記事は宜蘭観光記事の第二部にあたるものですが、第一部は全く見なくてダイジョウブです。でも一面のクソミドリな第一部の記事も見てくれるとうれしいです。

では、今回の記事、見ていきましょう。




竹林駅

廃線となった羅東森林鐵路の駅、竹林駅です

1924年から1945年の間に営業していた駅で、がっつり日本統治時代のものです。つまり、台湾を日本化しようとしていた時代ですね。

台湾は国を植民地として支配すると言うよりは島自体を日本の一部として捉えていたので、台湾には当時の日本と共通するものが多く見受けられます。この駅舎もその1つと言えるでしょう。

さて、駅をぬけると、目の前は廃線跡で、小さな客車が目に入ってきます。

手前は喫茶店のテラスとして利用されていました。

この深緑の車両が可愛らしくて良いですね。

当時の日本と同じような車両です。愛媛県松山市の坊ちゃん列車を思い出しました。

客車。中国語でも客車ですが、この「客車」は日本語として書かれたのではないかと予測しています。

客車の連結器はこんな感じ。今の鉄道から考えると、とてもちゃっちくて頼りない感じがします。

廃線をじっくり探訪

こういう記事って、本当に興味のありなしが分かれるので、書き方が難しいところです。

勝手なイメージですが、男性の方がこういう記事を好きなイメージがあります。

女の子にも見てほしいなあ。

僕はなぜか分かりませんが線路を見るとめちゃくちゃワクワクするので、鉄オタの素質が十二分にあると思っています。

機関車。とても小ぶりで可愛らしいです。

でも、全体的に汚れていて、あまり手入れはされていないのだなとわかります。

このピストンが再び動くことは、もうない。

雨のおかげで心なしか機関車の車体が艶っぽくなり、今にも走り出せそうな雰囲気さえ感じますが、彼がこの先の線路を踏むことはありません。

機能を失った機構はもの悲しさを感じると同時に、ワクワクした感情をひきおこさせます。

古き時代の痕跡はその当時の栄華を自由に妄想させてくれるのです。

長く延びる線路。勝手に車輪を載せて走らせたい気持ちに……。

「敷かれたレールの上を走る」というのはあまり良い意味ではありませんが、実際にこうしてみてみると、とてもたのしそうです。

とりあえず、線路に乗ってバランスをとってみる。

この写真、髪型が心なしか台湾人っぽいのと、自分の顔が本物とちょっと違う気がするのはなぜだろう……。

でっかい木を積んだ貨車が見えてきました。

横から見ると巨大な木を積んだものでした。

木材にはこんな札が。本物なのか、演出なのか。

木材を牽引する機関車がこちら。もう見るからに走れない……。

そこかしこボロボロです。もう少し綺麗に保存してあげることはできないのでしょうか。

でも、このボロボロ具合がまた味があるのも否めません。黒いボディに茶色の錆、緑の苔。自然に発生した一種の美を感じてしまいます。

中には石ころが。ここに昔は石炭が入っていたと思うと不思議です。

機関車って頑強なボディに見えますけど、ここまでガタガタになってしまうのですね。

機関車くんは、かつてのように走ることはできず。ただ昔走った線路を見つめるのみ……。

ちなみに、運んできた木材はここから、右側の池に落としていたみたいです。

池が貯木地となっていたようです。

ちなみに対面には現役の台鐵が走っています。台鐵も日本統治時代に建設された路線を多く使っています。

こちら側では廃れる一方、向こう側は国を代表する大鉄道となりました。

プラットホーム、よく見るとコンクリートがグニャグニャです。

いつまで待っても列車は来ません。

それでも、ここに立って列車を待つ客になりきると、まるでその時代の人間になったような気分に……。

ここは、想像力ならぬ妄想力で補うところです。

さいごに

個人的な感想ですが、今回はふぐろぶらしからぬ真面目な記事だと思いました。

おふざけがたりない

つまり、この記事から見始めた人は、ちょっと僕のブログを勘違いしてしまっている可能性があります。(だから、他の記事も読んでほしいなぁ)

でも、たまにはこういう記事を書くことも許されたいです!!

さて、ここ最近、定期的に書くことをサボっていたせいで、ネタのストックがいくつかあります。はやく消費しなくては。

ということで頑張ります。

じゃ、僕はこっから汽車で帰ります