神様はいないとか言ってお守りぶっ壊すのはやめたほうがいいと思った話

スピ

あけましておめでとうございます(激遅)、ふぐです。

 

新年と言えば、皆さんおみくじは引きましたか?

僕は引きました。中吉でした。

 

ちなみに一緒に引いた友人はみんな大吉でした。

新年はめでたいから大吉の割合を増やしているって本当なんですかね?

 

そんな中で凶を引く人ってのはなかなかレアですよね。

 

そして、凶を引くと「なかなか見ないから逆に運が良い」とか「現状が凶だからこれから上り傾向にしかない」とか言っちゃう人いますよね~。

 

僕です。

 

いや普通に考えて、おみくじは未来を占うものですからね、「現状が凶」って解釈をする時点で詭弁も良いところです。

なかなか引かないものを引いてしまうほどに運が悪いと思わないのもハッピーな思考です。

 

そして、”そういう人”つまり僕は大吉を引いても喜びます。

 

でも、そういう人嫌いじゃないでしょ?むしろ好きでしょ!

 

そもそも、皆さんおみくじ引いてその内容が当たっているかどうかを後々考えた事ってありますか?

境内に縛り付けて数日後には忘却していません?

 

そう、おみくじなんてのはその場で楽しめれば良いんですワ!

 

しかし、神社で手に入れるものの中にはその場で終わりじゃないものもあります。

それがおまもりです。

そもそもお守りって効果あるの?

これは誰しもが抱く疑問なんじゃないかと思います。

 

良く効くお守りのメカニズム、

それは、持ち主が「お守りの効果があったと思ったとき」持ち主は「お守りに効果があると思うようになるところにあります。

 

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わかりにくいですよね、すみません。

 

もっとちゃんと説明しますね。

例えば、「お守りが効いたら良いな」という状況があったとします。

 

このとき、もし上手くいけば「ああ、お守りのおかげかも!」という思考に至る人がいても、不思議ではありません。

 

しかし、上手くいかなかった場合はどうでしょうか?

「クッソ!お守り全然効かねーじゃねーかダボ!」と考える人は少数派です。

 

なぜそう言い切れるかというと、そもそもお守りを「効かないだろう」だとか「効かないか試してやる」という前提でもらう人がほとんどいないからです。

おみくじを手に入れる人は誰しも「効いたら良いな」という期待を持っているわけです。

 

しかし、具体的な内容のお守りだった場合、効かなかったという結果が明白になってしまいます。

そこをどう解釈(言い訳)すれば良いかを考えてみました。

学業成就のお守りをもっているのに試験がダメだった
→オメーの実力不足をお守りのせいにすんな

商売繁盛のお守りをもっているのに儲からない
→オメーの実力不足をお守りのせいにすんな

このタイプのお守りは「不慮の事故」を回避してくれているという考え方がなされることが多いです。

本人ではどうにもならない事象が原因で失敗するのを防いでくれるということです。

たとえば、試験中にお腹が痛くならないようにするとか、試験本番の日は体調を良い状態にしてくれるとか……。

つまり、結果は本人の責任だと言えるわけですね。

 

では下の両者はどうでしょうか。

交通安全のお守りをもっているのに事故った
→お守りがなかったらもっと酷いことになってた

心身健康のお守りをもっているのに病気になった/病気になった
→お守りがなかったらもっと酷いことになってた

 

これらの願いは一言で言えば「何も起こりませんように」ということです。

考えてみてください、全体から見れば、事故も病気も割合としてはそもそも低いです、おみくじの有無に関係なく「何も起こらない」確率が高いわけですね。

 

仮に「何かが起こってしまった」としましょう。

この場合は前述の通りで、「もっと悪くなっていたかも」という言い訳が通用するわけです(通用するとは言っていない)。

そして、この両者の「最も悪い」状況というのは「死」です。

死んでしまうケースは、かなりレアです。さらに「死人に口なし」です。

だからどちらにしても「このお守り効かねえぞ!」という評判は世間には出回りにくいわけですね。

 

つまり、お守りが効くという評判が流れるのは、お守りが効かなかったという心理が働きにくく、さらに、お守りが効かないという反証を挙げにくいことが理由になっていると思われます。

信じるものは救われる

ここからはスピリチュアルなパートです。

 

前半でさんざん理屈をこねくり回しましたが……。

お守りというのはそのものにもパワーがあるのかも知れませんが、それ以上に、お守りをを信じようという気持ちが大切なのだと僕は感じています。

 

確信してはいませんが、ガチの効果があるお守りは全体の1%以下じゃないでしょうか。

 

でもね、もう一度言いますが、そのお守りに効果があると信じる心が大切です。

刑務作業で型紙を詰めていたって、もはや中身が入っていなくたって関係ありません。

 

その信じる心自体が何かを起こすかも知れませんし、信じない心が何か悪いことを引き起こすかも知れないということです。

 

というのも、高校の先生が「受験は実力のみだ!」というスタンスを強調するために、わざわざ学業成就のお守りをバラバラにして、A4のコピー用紙に磔(はりつけ)にしていたんですね。

 

ええ……(ドン引き)。

 

その先生は、若くして痛風になったり、2年に1度交通事故に遭っていたりします。

もしかしたら、もしかするかも知れません。

怖いですね!

聖書見たらわかりますけど、人間なんかより神様の方がよっぽど人間殺してますからね。

馬鹿にしたらあきまへんで!!

 

結論、お守りは持たずに「神様ありがと♡チュッ!」と思って生活するのが健康な人生の秘訣かも知れないと思いました。

もちろん、持っていても全然OKだとおもいますよ!

 

お守りを紛失しかねないズボラな僕は、お守り代はお賽銭にまわすとします。